ちょっと重たい記事だけど、
忘れたくないから残しておきます。
3年前に私の父方のおばが乳がんになりました。
当時、余命1年っていわれていました。
理由は乳がんは摘出できても、すい臓に癌が転移してお
り、また摘出してもその後が持たないかもしれない
という状況でした。
でもおばは、がんばってがんばって
その1年を乗り越えました。
また、そのあと1年、
癌の摘出、再発、摘出と
入退院をくりかえしていました。
だけど、体がつらい中、
一年前、うちのおじいちゃんの1周忌にきてくれました。
体を心配してすぐおうちにかえしてあげたかったけど、
おばさんは病気であることを見せないよう、
一生懸命私に振舞ってくれていました。
その後も他の場所にも転移していたはず。。。
昨年の9月、ある有名な病院に入院していたおばは
病院の先生に
「あなたは年内もつかわかりません」
と告知されたそうです。
今の病院は、はっきりいってしまうようです。
信じられないけど。。。
でもおばは、負けないきもちで
2007年を乗り越え無事、2008年を迎えました。
年が明けてから、調子がいいわけじゃなかったけど
あまり病院に入ることをいやがり、
なるべくおうちですごしていました。
また、この3年間、いとこのお姉ちゃんがずっと
そばで力になって支えていました。
北海道のサクラのつぼみがだんだん大きくなってきた
4月4日。
おばは眠るように息を引き取りました。
本当につらかったとおもうし、おばさんも
体中痛くて痛くて本当にくるしかったと思う。
でも最後は眠るように天国へいったそうです。
その夜、おばの顔を見に行ったら
本当に寝ているようでした。
昔ッからふっくらしていたおばでしたが、
もうとってもやせていて小さくなっていました。
小さくなったおばを見て
私が赤ちゃんの頃からずっと面倒みてくれていたこと
おばさんの家にいくのが大好きだったこと
おばさんのつくった五目御飯が大好きだったこと
いろいろ思い出して涙が止まりませんでした。
亡くなったおばは、うちの母親と一つしか違わないんで
すが、うちの母親は今、元気です。
でもいつこういう日が来るか、
そういうことは考えたくないけど
考えたら胸が苦しくて
耐えられそうにありません。
でも、私は元気にいきなきゃ。
おばさんのぶん、元気にいきなきゃって
教えられました。
今悩んでてご飯が食べられなかったこと
寝れなかったこと
おばさんの死によって
私は今
「生きている」って改めて思い知らされました。
食べられる、
眠れる、
母親、父親、おばあちゃん、おねえちゃん、家族みんな
元気で生きている。
生きている今、一日、一時間、一秒、
ありがたく思うことを忘れずに
これからも頑張っていこうと思います。
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